インクルーシブ保育を!と厚生労働省で言われ始めてから十数年。2022年ようやくインクルーシブ保育に向けたガイドラインも厚生労働省子ども家庭局から発表されされましたね。少しずつ浸透しつつあるインクルーシブ保育ですが園全体として取り入れている園はまだあまり多くないというのが現状です。
園全体として本格的なインクルーシブ保育を取り入れることは建物や設備の状況、保育士の配置人数、方針などもあるので、少し壁が高いかもしれません。しかし、日々の保育の中でもインクルーシブや保育を取り入れていくことは十分にできると思います。
そこで今回は、具体例をもとにインクルーシブ保育についての理解を一緒に深めていきたいと思います。
気になる事例を参考に、園全体で話し合っていくというスタイルで紹介していきます。
目次
《具体例》活動の切り替えが苦手なAちゃん(3歳)
基本情報
私の経験してきた出来事を参考に、Aちゃんの事例を紹介します。
Aちゃんは、毎日お片付けの時間になると、「イヤー」「もっと遊びたかった!」と泣き崩れてしまいます。
泣き崩れてしまうと、次の活動に進むことができず、気持ちの切り替えが難しいようです。気持ちが切り替わるよう声をかけても、場所を移動し雰囲気を変えても、抱っこをしていても、なかなか泣き止むことはありません。
結局Aちゃんだけ、次の活動の時もおもちゃを抱えたままになってしまい、他の子がうらやましがり真似し始めてしまうというのが現状です。
まずは、Aちゃんが気になると感じた場面を書き出します。
どういった場面で気になる姿が見られるのか、周りのみんなはどのような反応をしているのかという点をポイントとして押さえてあります。
気になるポイント(気持ちの切り替え)
次に、Aちゃんの姿の気になるポイントをまとめていきます。
- 楽しく遊んでいてもお片付けの時間になると、急に気持ちが崩れてしまう
- 一度泣き始めると、気持ちの切り替えが自分では全くできない
- 泣いているときに声をかけても、全く耳に入らない
- おもちゃを持ったままなら、次の活動に進める時もある
気になるポイントとしては、お片付けになると毎日泣いてしまうことと、一度泣き始めてしまうと次の活動に進めないほどになってしまうということです。
気持が切り替わるような声をかけても、抱っこで場所を変え気持ちを落ち着かせようとしても全く泣き止まなくなってしまう姿が気になります。
考えられる要因(見通し)
どうしてAちゃんがそのような姿になっているのかを保育士目線で捉えていきます。
- Aちゃんにとってみると、急にお片付けの時間がきてしまい、状況がのみ込めていないのかもしれない
- 発達障害の傾向があり、先の見通しが持てていないかもしれない
- 自分のペースで事が進んでいかないことへの不安や怒りがある
きっと先生たちは、「そろそろ、お片付けにするよ!」と毎回声をかけ、見通しが持てるよう配慮していると思います。
そういった背景があるのに、お片付けの時間が始まった途端に泣いてしまうのだとしたら、注意散漫な傾向があり、「そろそろお片付けするよ」という声が聞こえていないのかもしれませんね。
そうではなく、事前の知らせの段階で「イヤー」と泣き始めてしまうのであれば、こだわりが強い傾向があり、自分の満足のいくタイミングまで遊ばないと、気持ちが落ち着かないのかもしれません。
- もうすぐお片付けの時間だという見通しが持てないこと
- 片づけた後の活動への見通しが持てないこと
このような要因が大きいように感じられます。
子どもを理解する
何がどう気になるのかだいたいの背景が見えてきたら、次は本人の見えている世界に視点を変えてみましょう。
泣いてしまうという事実の背景にはどんな感情が隠れているのか、周りの子はどう感じているのかを書き出します。
Aちゃん | 自分の気持を整理できない 好きなことが終わってしまう悲しさがある 遊びを満足するまでやり続けたい 次の行動・生活の流れが分からない 言葉でうまく気持ちを表現できない |
周りの子 | Aちゃんだけおもちゃを持ったままでズルい ずっと泣いているので、関わり方が分からない |
Aちゃん自身はもっと遊んでいたかったのに、急にお片付けと言われてしまい混乱してしまっているかもしれません。また、遊びが楽しく満足しきっていないことや、次の活動内容よりも、今の遊びを続けていたいという強い思いがあるのかもしれません。
本人だけでなく、周りの子どもの姿や考えていることも考察することも忘れないでくださいね。
なぜ?(Aちゃんの発達的観点)
発達障害のある子や、気になる子は抽象的なことに弱いという特性があります。
見通しというのは、まだ起こっていない次の活動を想像することです。
今現在起きていることに対しては夢中になれるのですが、未来のことを具体的にイメージするのが難しいと言われています。
つまり、保育者が活動の終わりや片付けを指示しても、次の見通しを持つことが苦手なため、それまでしていた遊びに執着してしまうんです。
Aちゃんの場合は一人で泣いているだけなので、他者に対しての危害はありませんが、場合によってはパニックから物を投げたり、暴力的になったり、自傷行為をしたりという子ケースもあります。そういった場合は、特に周りへの配慮という点も掘り下げて考える必要が出てきます。
‟個”への配慮を考える
見通しが持てるように
Aちゃんのように、見通しを持つことが苦手なお子さんはどの園にも数名はいますよね。
まず一つ目の配慮としては、見通しが持てるような関わりをしていくこと。
具体的な声掛けをいくつか紹介します。
今日はおままごとで遊んだ後、おやつを食べます
まずは活動が始まる前に、遊びの次の活動について知らせます。
学年が低くなればなるほど、遊んだ後のことを伝えても、覚えていることは難しいかもしれませんが、絵カードなどを使って、お部屋に貼っておいてもいいかもしれませんね。
このような絵カードで一日の流れを可視化するのもいい方法です。
(片付けの前に)時計の針が6になったらお片付けをします
これは片付けが始まる少し前にかける声掛けの方法です。
この声掛けに関して言えば、Aちゃんには日頃からそのように声をかけていたので、あまり効果が無かったのかもしれません。
Aちゃんにはうまくいかなかったかもしれませんが、次の活動に向けて、事前に声をかけることは、発達障害の子にとっても、そうでない子にとっても、必要な声掛けですよね。
全体でも声をかけますが、Aちゃんのように少し注意散漫な子に対しては、1対1向き合って声をかける方法がおすすめです。
あと何回滑り台をしたら、おかたづけにする?
もし、時計の針が・・・という声をかけて「いや」という返事が返ってきてしまった場合、Aちゃんの気持によりそいましょう。
その場合、あと何回でおしまいにする?などの、「あと何回で終わり」という形で見通しが持てるように関わるといいですよ。
その代わり、「自分で決めたから、もっとやりたい!は無しだよ」と一言声をかけておくことも効果的です。
活動の始まり・終わりを伝える
療育施設に行くと、時計の残り時間が可視化された専用の時計やタイマーをよく見かけます。
「この赤色がおしまいになったら、お片付けです」
「タイマーがなったらおしまいです」
など、残り時間が目に見えるタイプの方法です。
発達障害を抱えているお子さんは、終わりと始まりにしっかりと線引きしてあげることで、活動の切り替えがスムーズにいく場合があります。
「今から折り紙を始めます」
「折り紙の時間は終わります」など
はじまりと、終わりを声に出して伝えることも活動への区切りができ、見通しが持てるきっかけになります。
インクルーシブな対応
結局インクルーシブな保育って、先生たちが日ごろから意識していることばかりかもしませんが、気になる子もそうでない子も、同じ空間でお互いが過ごしやすい、ちょうどいい関係や環境を整えていくことを、もう一度見直していきましょう。
環境設定
- 絵カード
- 片づけやすい環境
- タイマー or 時計
先ほども少し紹介しましたが、絵カードを使って次の活動への見通しが持ちやすい環境を整えてみることは、どの年齢の子にも効果がある環境設定です。
また、おもちゃを片づけやすい環境や、またいつでも使える安心感などを配慮した配置も効果的です。
おもちゃの箱に実際の写真を貼っておき、「この子のおうちはどこかな~?」など、片付けも楽しむ工夫もいいかもしれませんね。
「この子のおうち先生見つけられないな~、分からないよう・・・」なんて、できない先生を演出し、子どもが「こっちだよ!!」と教えてくれるなんていうやり取りも面白いですね。
タイマーを使って音で知らせる方法や、時計の6にかわいいシールを貼っておき、「ここまで遊んでいいよ」「時計の針が、ニコちゃんマークに来たら、お片付け競争しようね!」など、療育専用の時計を用意しなくても、ちょっとした環境設定と声掛けも効果的!
発達障害のある子も、そうでない子も楽しく活動に参加することができるように進めていくことが出来ると思います。
子どもの気持を代弁
忙しい日々の中で、Aちゃんの個別な対応に追われていて、つい他の子に「待っててね」だけの声掛けで終わらせていませんか?
「Aちゃんだけなんで?」
もしかしたら他の子からそんな声が上がってしまうかもしれません。
そんな時インクルーシブな保育的考え方ならどのように対応したらいいのでしょうか。
「本当はお片付けして、一緒におやつを食べてほしかったんだ。でもAちゃんお片付けすることがと~っても悲しかったみたい。明日は一緒に食べられるように、みんなで誘ってみてくれるかな?」
こんな風に、ありままの状況を説明したり、先生の気持を伝えることも効果的です。
年齢によって難しいかもしれませんが、「みんなも一緒に」「手伝ってほしいな」などの声掛けを使ってもいいですね。
- Aちゃんの気持ちを代弁する
- 先生のありのままの感情を伝える
- 他の子に誘いかける
インクルーシブな保育の今後の課題
今回は片付けが苦手なAちゃんの事例をもとにインクルーシブな保育の方法について紹介しました。
最後に一つだけ、現役の保育士として「今後の課題」についても触れさせてください。
インクルーシブ保育を取り入れるには、園全体が協力的であること。
この体制が整っていなければ、インクルーシブ保育取り入れることは一人一人の先生の負担がかなり大きいと思います。
一人ひとりの先生の力には限界があります!決して一人で無理はしないでくださいね。
コメントを残す